客体性のパーセプション

宮坂 直樹

一九六〇年代に起こった芸術における客体性の議論について、本稿では恣意的な観点から分析する。恣意的な観点とは、芸術のメディウムの恣意的な解釈からの照射である。あらかじめ問題設定を用意していないので、恐らくこれといった結論もないが、本稿で引用した一連の論考を通して、芸術の客体性とパーセプションについて今一度考察することを試みたい。



パーセプチュアル・サポートとしてのメディウム


抽象表現主義を理論的に支えたクレメント・グリーンバーグ(Clement Greenberg)の言説によって知られるメディウム・スペシフィシティ(medium specificity)は、モダニズムの芸術のフォーマリズム批評において重要な指標となった。メディウム・スペシフィシティとは諸々の芸術のメディウムに固有の性質を指し、グリーンバーグは、自己批判による自己純化を目指すモダニズムのプロジェクトの下、各々の芸術はそれ自身の自律性を重視し、メディウムの固有の性質へと純化するべきであると主張する。グリーンバーグのメディウムは、芸術のマテリアル・サポート(material support)として解釈されている。『The Voice of America Forum lectures』誌上で発表された論考「モダニズムの絵画」*1において、グリーンバーグは絵画のメディウムを構成する性質として、「支持体の形体」、「顔料の特性」、「平面的な表面」を挙げた。これらの性質のうち「支持体の形体」は演劇にも、「顔料の特性」に含まれる「色彩」は演劇と彫刻にも備わっていると考え、残された性質である平面性だけが、絵画にとって固有の性質であり独占的なものであるとして、モダニズムの絵画は、「他の芸術と分かち合っていない唯一の条件だった」平面性に向かっていったと述べている*2。『Artforum』誌の編集や執筆に携わったのち、アネット・マイケルソンと共に季刊誌『October』を創刊し、グリーンバーグのフォーマリズム批評を批評的に継承したロザリンド・クラウスは、メディウムの複数性を内在するインスタレーション・アートの国際的な広がりなど、芸術が、それぞれのマテリアル・サポートとしてのメディウム・スペシフィシティに、論理的に還元し得ない状況/条件を、ポスト=メディウム・コンディション(post-medium condition)と称して議論を展開した。実験映画やスタンリー・カヴェルの自動性(automatism)の概念を引きながら、メディウムを、マテリアル・サポートとしてのみならず、テクニカル・サポート(technical support)や諸ジャンルの様々な約束事(convention)をも含むものとして再定義し、その概念を拡張させた。


しかし、そもそもグリーンバーグが記述した芸術のメディウムは、マテリアル・サポートとしての解釈のみならず他の解釈も混在した多義的な概念であった。 便宜的に、美学における生産美学、叙述美学、受容美学のように、グリーンバーグが列挙した絵画のメディウムを構成する性質を、作者の領域、作品の領域、観者の領域に分類してみると、これらの性質には少なくとも二つの領域が混在していたと考えることができる*3。すなわち、「支持体の形体」はマテリアルに関する制限なので作品の領域に、「色彩」はパーセプションに関する制限なので観者の領域にそれぞれ該当する。更にグリーンバーグによって絵画のメディウムが向かうべき性質であるとして呈示された「平面性」は、作品の領域の制限である「マテリアルな平面性」と、観者の領域の制限である「パーセプチュアルな平面性」の双方として解釈することができる。グリーンバーグの批評の変遷においても、マテリアルな性質からパーセプチュアルな性質へと、メディウムの解釈の移行が如実に表れている。『Partisan Review』誌上で発表された論考「さらに新たなるラオコオンに向かって」*4では、芸術のメディウムをマテリアル・サポートとして解釈しており、絵画のメディウム固有の性質として、明確にキャンバスの「マテリアルな平面性」に着目していたことが確認できる。

絵画において枠に張られたキャンバス本来の平面性があらゆる要素に打ち勝とうとあがくように、彫刻においては石像が今にも元の一枚岩に戻ろうとしているかに見えるし、鋳造による作品は細く滑らかになって、それが注ぎ込まれた時の元の溶解した状態の流れに返ろうとしている、いや初めて作り出された時の年度の材質感や可塑性を思い出そうとしているかに見える。*5

石で彫られた彫刻や鋳造は、元の素材の性質を保持するように、絵画のメディウムの特性を、枠に張られたキャンバスという複合的なマテリアルによる平面性に、より正確には、マテリアルな平面性へのパーセプションの合流に求めている。しかし「さらに新たなるラオコオンに向かって」から20年後に発表された前述の論考「モダニズムの絵画」では、マテリアルな性質であったはずの絵画の平面性について、パーセプチュアルな性質として捉え直したような記述が見られる。

モダニズムの絵画が自己の立場を見定めた平面性とは、決して全くの平面になることではあり得ない。絵画平面における感性の高まりは、彫刻的なイリュージョンもトロンプ・ルイユももはや許容しないかもしれないが、視覚的なイリュージョンは許容するし許容しなければならない。表面につけられる最初の一筆がその物理的な平面性を破壊するのであり、モンドリアンの形状も依然としてある種の三次元性なのである。古大家たちは、人がその中へと歩いて入っていく自分自身を想像し得るような空間のイリュージョンを作り出したが、一方モダニストが作り出すイリュージョンは、人がその中を覗き見ることしかできない、つまり、眼によってのみ通過することができるようなイリュージョンなのである。*6

キャンバスに乗せられた絵の具は、「マテリアルとしての平面性」を破壊し、「パーセプチュアルな平面性」を構築する。三次元の「実在物のほんのわずかの示唆」が「絵画空間を一芸術としての絵画の自立を保証する二次元性から引き離してしまう」ため*7、彫刻的なイリュージョンやトロンプ・ルイユといった三次元的イリュージョンの効果は許容しないが、観者の身体ではなく、観者の視覚のみが通過できるという視覚的イリュージョン(optical illusion)の平面性への着目は、マテリアルな平面性からパーセプチュアルな平面性への、絵画のメディウムに対するグリーンバーグの解釈の軌道修正として理解することができる。


ここまでの引用で、グリーンバーグのメディウム概念が多義的であり、そこにマテリアルな性質とパーセプチュアルな性質が混在していたことを確認した。マテリアルな平面性とパーセプチュアルな平面的は、互いに時には重なり合い、時には矛盾し合う。マテリアルな性質とパーセプチュアルな性質はそれぞれ判断基準が異なるため、いずれに属する性質であるかを判断せずにこれらを区別しないまま、ある特定の芸術を、その他の芸術との比較による還元的な方法によって、そのメディウムの固有性を単一の性質として決定することはできない。本稿では引き続き、マテリアル・サポートとしてではなくパーセプチュアル・サポート(perceptual support)としてのメディウムの解釈を、ミニマル・アートについての「客体性」の議論に照射させて考察する。



客体性のパーセプション


クレメント・グリーンバーグのフォーマリズム批評に強い影響を受けたマイケル・フリード(Michael Fried)は、『Artforum』誌上に発表した、カラーフィールド・ペインティングとアンソニー・カロの彫刻の展開についてまとめた論考「芸術と客体性」*8において、ミニマル・アート(彼の表現だとリテラル・アート)に対する反感を表明している。フリードは、モダニズムの芸術が諸関係を内包して自律しているのに対し、ドナルド・ジャッドなどのミニマリズムの芸術の経験は、作品の外在的な環境に依存し、客体としての芸術作品や観者自身をも含む状況全体における客体の経験であるとし、観者と作品に主体と客体の関係を生じさせるような「作品が観者に無理強いする特殊な共犯性*9」を演劇的(theatrical)であると批判した。フリードにとっての演劇とは芸術の否定であり、モダニズムは演劇性(theatricality)と反目し合っていると述べ、この主張を三つの命題に分類する。モダニズムと演劇性の反目の理由として、これらの命題を噛み砕いて整理すると、第一に、モダニズムの感性においては、芸術ジャンルとしての演劇の内部においてさえも、従来のような観衆の存在に依存するような演劇性を打破しようとしているからである。第二に、実際には諸ジャンルはそれらの本質性に過去にないほど関心を抱いているにもかかわらず、ジャンルの垣根が崩壊し総合されるという幻覚があり、演劇性はこのようなジャンルを越境しようとする様々な活動に共通する項で、モダニズムの諸実践から区別されるべき堕落であるからである。第三に、演劇的な作品では質の判断を放棄しているからである。例えば「ジャッドにとっては、所与の作品が(彼の)興味を引き出して持続させることが出来るか否かが問題の全て*10」なのであって、いかなる価値基準において、ある作品の質が良いか悪いかといった議論を避けてきたと指摘する。フリードが演劇的と評すミニマリズムの芸術に対する批判の核心は、ミニマリズムの芸術の作品が持つ、それ自体のみによっては成立せず、外在的な「観者に依存しており、観者がいなければ不完全なものでしかない*11」という他律性にある。内部に包含した諸要素の関係性に、外部から観者の視線を向けられるモダニズムの芸術とは対照的に、ミニマリズムの芸術は、内部にはいかなる関係性も持たず、外部の状況の関係性を観者ごと包含してしまう。演劇性の比喩の通り、劇場で演者は、「他人」として観客と対峙して視線を向けられながら、上演時間の持続の中で演じ続けるのと同様に、客体としてのミニマリズムの芸術もまた、観者と対峙して視線を向けられながら、観者が周囲を徘徊する時間における持続の中、そこに佇み続ける。フリードによる演劇性の名のもとで行われる批判は多義的であるが、本稿では二つの点に特に注意を払いたい。一つは、ミニマリズムの芸術が外在的な関係性に依存しているという点であり、さらにこの批判の派生でもあるが、もう一つは、ミニマリズムの芸術の作品の範囲、作品の内部と外部との境界が確定できない点である。


フリードが、リテラリズムのアーティストの一人として批判するロバート・モリス(Robert Morris)にとっての優れた作品とは、モダニズムの芸術のように作品の内部における諸関係によって構成されるのではなく、作品のマテリアルな側面にとっては外在的である、空間や光、更には観者の身体や視野までもが変数となり、これらの関係において成立するような、フリードが謂う所の演劇的な作品である。モリスの作品【Fig. 1】を構成する複数の客体は、壁、床、天井などの建築の要素、さらには観者の身体と同じ次元の「地」の中で呈示されており、観者の身体とモリスの作品とは、物理的に衝突し得る可能性を孕んでいる。建築の要素である壁が観者の身体的運動を規定するのと同様、モリスの作品は観者の動線を規定し、客体としての作品の輪郭が、そのまま観者の可動域を制限している。さらにモリスは、定数としてのゲシュタルトの強度と人間の身体のスケールの獲得によって、観者に作品の客体性を経験させ、自身と作品とが同じ次元に存在するということを、より強く意識させる。

観者は、壁なり床なりにある無感動な客体に対する主体として、不確定ではっきりした制限のない―そして厳しさのない―関係の中に自分が位置していることを知るのである。実際、私の思うに、そのような諸客体によって距離を取らされたり、詰め寄られたりするのとまったく似ていないこともない。*12

モリスの作品は、壁、床、天井のような客体性を持ち、観者がその身体と同じ次元で作品を捉えることを促すことによって、観者の動線に働きかける。観者は、「観者の空間の中に位置づけられているだけではなく、その人の行くてを阻むように位置づけられている*13」作品を避けながら、空間を徘徊することによってその輪郭を把握し、「図」として捉えるのである。伝統的な演劇ジャンルにおける、客席から視線を送る観客と、舞台の上で演じる演者との間では発生し得ないこのようなパーセプションを、本稿では便宜的に「体性感覚性」として、モダニズムの芸術の「視覚性」から区別する。

【Fig. 1】ロバート・モリス(Robert Morris)インスタレーション・ビュー、手前から《Untitled (Floor Beam)》1964/2016年、《Untitled (Wall-Floor Slab)》1964/2016年、《Untitled (Floor Beam)》1964/2016年、Dia:Beacon.、https://www.diaart.org/exhibition/exhibitions-projects/robert-morris-exhibition-195©Robert Morris/Artist Right Society (ARS),New York. Photo: Bill Jacobson Studio, New York

体性感覚性は比喩である。アロイス・リーグルが著書『末期ローマの美術工芸』*14において、遠隔視的(fernsichtig)な視覚である視覚性(optisch)と、近接視的(nahsichtig)な視覚である触覚性(haptisch)*15を区別したように、体性感覚性もまた、生理学の感覚の分類における体性感覚とは必ずしも一致しない。特殊感覚である視覚や平衡感覚などで捉えられる情報も体性感覚的パーセプションを構成し、これらの感覚によって得られた情報を構造化して図を捉える。生理学的には体性感覚は触覚を含み、体性感覚性も触覚を含むが、リーグルが視覚性と区別した触覚性は、体性感覚性からは独立している。視覚のみで図を捉えたとしても、触覚のみで図を捉えたとしても、また、マテリアルな壁が実際に存在しなかったとしても、観者の体性感覚性に働きかけ、図を捉えさせることができれば、体性感覚的パーセプションは成立する。


諸要素の関係性が作品に内在しているか、あるいは外在しているかという対立は、パーセプションの区別によって調停できる。この対立は、作品の内外についての、マテリアルとパーセプチュアルの、あるいは視覚性と体性感覚性の混同に起因している。すなわちマテリアル・サポートとしてメディウムを解釈する場合、あるいは視覚的パーセプションで作品を捉えた場合、ミニマリズムの芸術の作品の内部は、マテリアルな、あるいは視覚的な立方体で規定されるが、体性感覚的パーセプションで捉えた場合、立方体の外部の状況も作品の内部に包含するものとなる。ミニマリズムの芸術における観者の徘徊する身体は、モダニズムの絵画の画面を徘徊する視線を送る、観者の眼球の動きとパラレルな関係にある。ミニマリズムの芸術の作品は、視覚的には、ゲシュタルトが強調されて諸部分の関係を廃した、内在するいかなる意味も持たない単一的な客体であるが、体性感覚的には、どのように観者の動線を操作するか、どのように観者と対面するように配置させるかによって、マテリアルなその客体の内部ではないが、周囲の状況という、その作品の内部に意味を生み出し得ると解釈することができる。


しかし、マテリアルとしての、あるいは視覚的な作品の外部の状況までも作品の内部とみなすこのような解釈によっても、結局のところ、ミニマリズムの芸術における作品の範囲の不確定さ、体性感覚的な内部と外部との境界の不確定さを説明することはできない。フリードは、トニー・スミスによる未完成の高速道路上での経験を参照し、ミニマリズムの不確定な持続を指摘する。スミスの経験とは、ニュージャージーの未完成の高速道路を、当時教佃をとっていたクーパー・ユニオンの学生三人と共に、メドウランズからニュー・ブランズウィックまで夜中にドライブした時のそれである。フリードによれば、車窓の外から到来して後退していく風景と舗装道路が客体を代替しており、ヘッドライトの光によって次々に現れる高速道路の経験は、「接近なり突進なり眺望なり」の対象である客体が存在しなくても、その無限の持続によって客体性の経験を確立する。状況の構築が演劇として効果的になされるならば、客体としての作品自体は不必要になる*15。

客体に取って代わるもの―客体が閉ざされた部屋の中で行うこと、つまり観者を遠ざけるもしくは孤立させるという役目、観者を一主体にさせるという役目と同じ役目をするもの―は、何よりも接近なり突進なり眺望なりに終わりがないということ、もしくは客体がないということである。その明瞭性、換言すればその全き持続性によってこそ、その経験は外部から彼のところに(高速道路の上では車の外から)差し向けられたものとして現れるのだが、その明瞭性こそが、同時に彼を一主体とし―彼を服従させ―、またその経験自体を客体の経験というより客体性の経験に似たようなものとして確立するのである。*16

作品の範囲が不確定であること。この点に関してもまたフリードは、無限の持続は、時間の終わりのない演劇によって、観客=観者を隔離していると、演劇の比喩によって批判する。無限に持続するということは、作品の経験が外部の限りない世界へと接続されるということである*17 。


ミニマリズムの芸術に、視覚性に加えて体性感覚性を見出すことは、パーセプションの複数性を見出すことであり、メディウムをパーセプチュアル・サポートとして解釈するとき、メディウムの複数性を見出すことである。本稿で触れたミニマリズムの芸術においては、このような複数のパーセプションを構成したり組織する意識は希薄であるように感じられる。ミニマリズムの芸術と同様、視覚性と体性感覚性によるパーセプションの複数性=メディウムの複数性を抱えている建築の言説を通して、引き続いて作品の内部と外部との境界について考察する。



内部と外部のパーセプション


「体性感覚性」は建築における主要なパーセプションの一つである。建築の要素である壁は、観者の動線を阻み、可動域を制限する。観者は視覚や触覚などの感覚器官で壁を感知すると、自身の身体を通過させることのできない図として認識する。このような体性感覚性を包含する建築のパーセプションについて、ロバート・ヴェンチューリ(Robert Venturi)の建築における内部と外部についての記述を参照する。ヴェンチューリは著書『建築の多様性と対立性』*18において、正統な現代建築が持つ、雑多なものを犠牲にした、様々な要素を分離したり排除することで獲得された初源的で一元的な理想を批判し、現代建築に認められてこなかった多様性(complexity)と対立性(contradiction)を擁護した。この著書の中でヴェンチューリは、ウィリアム・エンプソンが著書『曖昧の七つの型』*19において、様々な意味の層が生じて、異質の考えが暴力的につなぎ合わされていると考えられてきたウィリアム・シェイクスピアの作品の読解によって裏づけた、望ましくないものと考えられていた曖昧さ(ambiguity)を詩の長所と捉える理論を参照する。曖昧さには両義性や多義性という意味が内包されており、エンプソンは詩の一つの表現において、複数の意味が生じ得る類型を示した。ヴェンチューリは、意味の明快さよりも意味の豊かさを促す曖昧さの概念を、建築に応用可能であると考えた。

多様性と対立性を備えた建築には曖昧さと緊張とがつきものである。建築は形態であるとともに実質でもあり、抽象的であるとともに具体的であり、そしてその意味は、内部の特徴からとともに外部の環境から引き出されるのだ。建築の各要素は、形態としてもまた構造としても、表面としても材料としても把握される。このような固定的でない関係、すなわち多様性と対立性が、建築の方法の特徴である曖昧さと緊張の源泉なのである。 *20

建築はプログラム、構造、機械設備、意匠など様々な側面を備えた、本来的に複合的な存在である。視覚的パーセプションにおいても、正面と背後、内部と外部、部分と全体など、捉えられる像は多様である。建築は立体的であるがゆえ、内部と外部の差異ゆえ、そのサイズゆえ、機能と形態の差異ゆえ、形相と質料の差異ゆえ、さらに視覚性や体性感覚性を始めとする様々なパーセプション内包するがゆえに、それそのものの全体性を、諸部分の集積によってのみでしか経験され得ず、単一のパーセプションに還元することもできない。一つの建築に対して無数の図面が存在し得るのである。建築に備わっている性質である多様な性質が、一見矛盾し合っているように見えるとき対立性が生じる。ヴェンチューリは、このような多様性と対立性を二つに分類する。一つはプログラムと構造に関しての多様性と対立性であるが、もう一つは、「実際のイメージと想像されたイメージを並列することから生じる多様性と対立性 *21」であり、本稿で論じてきたパーセプションへと接続する。


ベンチューリが、建築の対立性において最も主要な現象であると指摘するのが内部と外部の対比である。二十世紀の強力な主流派、すなわち正当な現代建築家は、外部は内部を反映するべきであると考え、外部と内部の連続性を獲得すべく、視覚的な内部と外部の一体化を図るフローイング・スペースが考案された。対して、ベンチューリは、古今の建築を例とした記述を通し、フローイング・スペースとは対照的な、外部と対立的で閉鎖的な内部を考察することによって、建築における内部と外部の関係を再構築することを目論む。ヴェンチューリは自身が設計した《チェスナット・ヒルの住宅》 *22【Fig. 2】でも、内部と外部は相互に影響を与え合っているが、これらは決して一体化してはいない。《チェスナット・ヒルの住宅》のファサードは扉、窓、煙突、破風を持ち、家の象徴的なイメージを表出しており、パラペットが立ち上がった外壁と傾斜屋根とで包んだ外部の形は単純で一貫しており、全体として対称的であるが、内部の空間の形や相互関係は多様で歪んでいる。しかし、内部と外部が完全に矛盾しているのではない。外側の開口部は、内部の部分的な変形をそのまま現わしており、中央から少しずれた所に煙突が置かれ、窓の大きさや配置にもばらつきがあるなど、内部の多様性と歪みは外部に反映されている。同時に、内部の平面は、全体としては外部の対称性を反映しているのである。《チェスナット・ヒルの住宅》の内部と外部は一見対立しているが、内部の全体と外部の細部は互いの影響を表出している。内部と外部は、一体化を図るのでなく完全な矛盾でもない関係を結んでいる。

【Fig. 2】ロバート・ヴェンチューリ(Robert Venturi)《チェスナット・ヒルの住宅(Vanna Venturi House)》1964年、ロバート・ヴェンチューリ『建築の多様性と対立性』 伊藤公文訳、鹿島出版会、1982年、p.220

建築の内部と外部の対立の現われ方の一つとして、ベンチューリは外周面と内周面との間の空間の発生を挙げている。ここで伴となるのが「ポシェ(残存部分)」というボザール様式 *23の基礎用語である。ベンチューリによる注釈では、ポシェとは、「平面や断面において、空間を地と考えたとき、図に当たる部分すなわち壁、柱、梁、およびそれに準ずる空間」を指す *24。観者が建築の外観を捉え、次いで入り口からその内部に入りその内観を捉えるとき、外部からのパーセプションと内部からのパーセプションには必ず差異が生じる。この差異はマテリアルなポシェを包含するが、推測と想起によって到達される内外のパーセプチュアルな図の不一致もまた、一種のポシェとしてこの差異を構成する。内外のパーセプションの不一致とは、例えば外観の視覚的な図から推測された、内部の体性感覚的な地と、実際に内部で体性感覚的パーセプションによって捉えた地との不一致である。内外の床のレベルの差異もまた、正のポシェと負のポシェを作り出すと考えることができるかもしれない。内部からのパーセプション、外部からのパーセプション、さらにはこれらの差異を推測することで導出されるポシェもまた、建築の多様な性質の一つである。建築における他の側面を一旦留保し、内部と外部の関係のみに焦点を当てた時、内外からのパーセプションとポシェの総体を、建築として捉えることができるかもしれない。


前述の、マイケル・フリードによるミニマリズムの芸術の二つ目の批判に話を戻す。このような内部と外部の構造は、体性感覚的性質として解釈するミニマリズムの芸術には見い出すことができない。ミニマリズムの芸術は、設置される場所、そこが屋内であるなら、その建築の内部に寄生することによって、内部だけの建築のように存在しているからである。ミニマリズムの芸術の作品は外部からのパーセプションを欠いており、(建築のそれと持続する)内部からのパーセプションのみで成立している。ミニマリズムの芸術における内部と外部との不確定な境界は、作品から建築の内部への接続、建築の内部から建築の外部への接続の、シームレスな経験に起因している。

外と内とが異なるものだとしたならば、その接点である壁こそは何かが起こるべきところであろう。外部と内部の空間や用途上の欲求が衝突するところに建築が生ずるのだ。25

内と外の差異=ポシェこそが建築を成り立たせているのであれば、外部を持たないがゆえにポシェを持たないゆえに無限に持続するミニマリズムの芸術は、ヴェンチューリ的な非建築でもある。非建築であるがゆえに、寄生した既存の建築に、作品の内外の境界を求めることも選択肢の一つである。体性感覚的な芸術は、どのように外部を設定するかという問いに対する応答を、その表現内容に含めることができる。
このような視座によって、フリードが批判したミニマリズムのアーティストの、立方体の表象に辿り着いた経緯と同様な、その後の活動の様々な展開を見通すこともまた可能であるかもしれない。



*1 Clement Greenberg, Modernist Painting, The Voice of America Forum lectures: The Visual Arts in Mid-Century America, Voice of America, 1960*2 クレメント・グリーンバーグ「モダニズムの絵画」藤枝晃雄訳『グリーンバーグ批評選集』、勁草書房、2005年、p.65*3 前述の、クラウスによるテクニカル・サポートとしてのメディウムの解釈は、本分類では作者の領域に該当するであろう。*4 Clement Greenberg, Towards a Newer Laocoon, Partisan Review, Partisan Review magazine, 1940*5 クレメント・グリーンバーグ「さらに新たなるラオコオンに向かって」藤枝晃雄訳『グリーンバーグ批評選集』、勁草書房、2005年、p.44*6 クレメント・グリーンバーグ「モダニズムの絵画」藤枝晃雄訳『グリーンバーグ批評選集』、勁草書房、2005年、pp.69-70*7 Ibid., p.66*8 Michael Fried, Art and Objecthood, Artforum SUMMER 1967 VOL. 5, NO. 10, Charles Crowles, 1967*9 マイケル・フリード「芸術の客体性」川田都樹子、藤枝晃雄訳『批評空間臨時増刊号 モダニズムのハード・コア』、太田出版、1995年、p.73*10 Ibid., p.82*11 Ibid., p.81*12 Ibid., p.73*13 Ibid., p.72*14 アロイス・リーグル『末期ローマの美術工芸』井面信行訳、中央公論美術出版、2007年*15 当初リーグルは触覚を「taktisch」という単語で表現していたが、途中から「haptisch」に変更した。リーグルによるこの二つの単語は同義である。*16 マイケル・フリード「芸術の客体性」川田都樹子、藤枝晃雄訳『批評空間臨時増刊号 モダニズムのハード・コア』、太田出版、1995年、p.77*17 作品の内部と外部との境界を、作品が展示された部屋の壁面に求めること、あるいは観者の視野から作品がフェイドアウトする地点に求めることを解決策として思弁することはできる。*18 ロバート・ヴェンチューリ『建築の多様性と対立性』 伊藤公文訳、鹿島出版会、1982年*19 ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』岩崎宗治訳、研究社出版、1985年*20 ロバート・ヴェンチューリ『建築の多様性と対立性』 伊藤公文訳、鹿島出版会、1982年、pp.46-47*21 Ibid., p.44*22 ロバートの母親、ヴァンナ・ヴェンチューリのために、フィラデルフィアのチェスナット・ヒルに設計されたVanna Venturi House。*23 パリ国立高等美術学校(École nationale supérieure des beaux-arts)は、一七世紀にパリで設立された美術学校。一九六八年に建築部門が分離した。*24 Ibid., p.152*25 Ibid., p.162