「ともにいること」についてそれぞれの立場から言葉にする

Be with Ayano Anzai(関優花・古賀茜)

 Be with Ayano Anzaiは黒瀬陽平氏および合同会社カオスラから受けたハラスメントを公表し1、現在二つの裁判2の係争中である安西彩乃さんの支援団体です。20212月の団体発足後、私たちは裁判や被害回復の支援に加え、現在進行中の裁判の経過の記録・公開を続けています。問題解決までのプロセスを類似の問題の当事者や支援者、その周りにいる人々に手渡し、共有知とすることを目的に当団体ホームページ3上での情報公開を行なっています。

 団体は代表の関優花、副代表の古賀茜、会計担当の中村奈央を中心に運営されています。いずれも一連の被害が公になる前から安西さんの友人であり、それぞれがそれぞれの立場から美術にかかわってきました。活動における決定は、団体の独断ではなく、たとえ些事であっても安西さんを含めた話し合いのもとで行っています。安西さんへ一方的な支援を行うのでも、安西さんの意向をそのまま受け入れるのでもなく、友人関係と地続きに、ともに一連の問題に向き合い考えることを重視しています。

 この一年の間、被害者支援の専門家でも法的な知識を持っているわけでもない私たちが手探りで活動を続け、長い時間を安西さんと過ごすなかで、ある問題の渦中にある当事者と「ともにいること」の方法のようなものが作られていく実感がありました。それらは決してマニュアル化できるようなものではありませんが、不完全ながらも言語化することで、私たちの活動の実際について、裁判をベースにした情報公開とは別の面から共有できれば良いと考えています。

 文章の作成にあたり、一人の立場から言葉することが憚られ、私と古賀さんで活動について記述する形をとっています
4。(文責:関優花)




1 2020年8月1日、安西さんは自身のnoteにてテキスト「黒瀬陽平と合同会社カオスラによるハラスメントについて」を公開しました。一連の問題についての経緯が安西さんの言葉で詳細に記されています。
2 合同会社カオスラから安西彩乃さん・note株式会社に対する名誉毀損訴訟とそれを受けて安西さんが提起した合同会社カオスラ・黒瀬陽平・社員F・スタッフKに対する不当解雇・パワーハラスメント訴訟の異なる二つの訴訟が同時に行われています。(2022年3月現在)

3 当団体ホームページ上で裁判に係る情報を随時更新しています。「訴訟書面」ページでは被告・原告双方の主張を読むことができます。
4 会計担当の中村さんは自身の生活との兼ね合いから今回は執筆に参加しないことになりました。

ミーティングの様子

関優花


 Be with Ayano Anzaiの発足から約1年が経ちます。当初から団体の活動を見守り助言をくれる人々や、支援金の寄付・メッセージを通じて応援の気持ちを示してくれる支援者の支えがあり、これまで活動を継続することができました。

 団体の活動は、訴訟と情報公開に係る事務的な作業が多くを占めます。訴訟書面の墨消し作業、ホームページ・
SNSの更新、支援者情報や支援金の管理、収支報告などを、私を含む団体メンバー3人と安西さんで分担して行なっています。訴訟で提出する証拠作成のために、カオスラの会議の録音の文字おこしを行なったこともあります。裁判を進めていくために当事者が負担することになる作業には、被害の具体的な記憶に触れるものも含まれています。
 訴訟に関しての発信を続けることは、気力を使い、疲れるものです。発信に際し、
SNSでの炎上や名誉毀損訴訟が起こされるリスクについても常に頭に置いています。それらに萎縮してはいけないと思う反面、リスクに対して慎重になりすぎて弱気になってしまうこともありました。4人で作業負担を分け合う体制をとれているからこそ、なんとか継続的な情報公開を続けることができています。
 被害に遭い、心身が不安定な状況に置かれた人が上記のような作業を一人で行うことは 不可能であると感じます。裁判や二次被害に直面した当事者は、それらから意識を離し、気を休めることもなかなかできなくなります。問題への対応を諦めることは、自分自身の尊厳をも諦めることに繋がりかねません。緊張感が続く日々の中で、安西さんが「被害者」として振舞わなくてはいけない場面を、支援団体が代理できるのなら積極的にそれを引き受けたいと思います。安西さんが「個人の範囲」を守りながら安全に過ごすために、作業的負担・一連の問題に向かう覚悟を一人で背負わせないことが、団体が存在することの意味であると私は考えます。

 ハラスメント被害者が被害を公表したことを名誉毀損とし訴訟をおこす対応は、被害者に裁判対応の負担を強いることに加え、判決までの間、ハラスメント加害者にとって有利な状況を作り出します。実際に、訴訟が開始されたことによって、判決が出ていないことを理由に、安西さんとカオスラに対して中立的な立場をとる人が増えました。そこから生まれた二次被害は一つや二つではありませんでした。法制的なものと倫理的なもの、芸術的なもの、個人的な思いなどの複数の価値観がまざってしまったときの判断や発言は、人の尊厳を傷つけ得る危ういものであると考えます。情報公開を続け、判断の材料を他者に手渡すことは、それらに抵抗することでもあると思っています。

 団体の活動の中で、安西さんや古賀さん、中村さんの態度から学び、与えてもらったものがたくさんあります。活動の中で生まれた思考は、私自身の作品制作にも深く入り込み分かち難いものになっています。最近は4人で悲観的な気持ちで過ごす時間よりも楽しく過ごす時間の方が増えました。団体発足当初は、ここまで良い方向に向かえるとは想像もできませんでした。誰かから与えてもらうことを待つのではなく、自分たちの活動を通して、信じることができなくなってしまった美術という制度に再び希望を見出せることがあるかもしれないと今は思えています。

古賀茜


 2年前の安西さんによる告発を機に問題について関心を持つ人々が増え、様々な反応が美術業界の内外で巻き起こった。それと同時に、以降安西さんの日々のほとんどが問題への対応に追われて過ぎて行くのを見ていた。個人的な発信が問題と関連づけて受け取られることも多かったし、発信ができない時期もあった。人々が気軽に行ける場所、気軽に話せるトピックが安西さんにとってはそうでなかった。目の前の1日を終えるということ自体のハードルがはるかに高かったと思う。被害によって受けた精神的・肉体的なダメージが癒えぬままに、様々な二次被害への対応によって膨大な時間と体力が奪われていく。

 
被害者という属性の前で安西さん個人の世界が制限されることは、その時点にも被害が続いているということに他ならない。ハラスメント被害は決して一過性のものでなく、時間をかけて被害側の尊厳を傷つける。

 このような状況の中で消耗し続けていた安西さんを支援する活動が、被害者という立場で辛い現実を見るだけの時間になって欲しくなかった。だから実務的なことと同じだけ、それまでの友人関係と変わらず様々な場所に出かけたり、楽しく時間を過ごすことを大切にしている。関さんの貯めたポイントでコーヒーをシェアし、懐かしいキャラクターについておしゃべりしたり。可愛い犬のケーキを探して街を歩いてみたり、かと思えば訴訟書面を読んで真面目に会議してみたりなど。いわゆる支援団体として当初自分がイメージしていた形よりもフラットでゆるい時間が流れている。

 被害者と支援者というポジションを超えて、安西さんが安西さんとしている場所に、私も私として共にいる。とてもシンプルな活動だ。支援の方法はさまざまにある中で、自分と安西さんの関係を持って生まれるケアの方法があると信じている。被害者という前提によって再生産され続ける被害を断ち切りたい。

 支援に携わる人々の姿勢から受け取るものは多い。最近は安西さんへの取材依頼の際も団体メンバーが共に参加し発言するようにしているが、これはハラスメント被害を受けた当事者である安西さんだけに問題を語らせない、という代表の関さんの意向で提案されたもので、団体メンバーはみなこの意識を共有している。被害を受けた人のみがあまりにも辛すぎる現実を直視し続けて時間を消費する必要はない。周囲の人間が可能な範囲で神経を使う場面を分け合うことで、当事者が手放すことのできる辛さがあるかもしれない。

 
1年前に活動を始めた当初は、自分に対して返ってくるものを何も想像していなかった。100%安西さんの利益になることを考えたかった。しかし今では、安西さんを含め支援者の皆と活動した時間が私を作っていると言ってもいい。美術業界で度々起こるハラスメント被害を目の当たりにして精神的に消耗していた自分を救ってくれた。この業界に希望があることを教えてくれた。