PARADISEは目的地じゃない-交差するトランジットポイント

宮内 芽依

一宿一芸

 PARADISE AIRは常磐線松戸駅(千葉県松戸)から歩いて2分ほどの建物にある。2013年、東京藝術大学の卒業生や松戸駅周辺の地域住民が協働し立ち上げたアーティスト・イン・レジデンスが「PARADISE AIR(パラダイスエア)」である。松戸駅前の使われていなかった元ホテルの上層階を民間企業のCSRとして借り受けた。そして、建物の1、2階部分にあるパチンコスロット店「楽園」が”PARADISE”の名前の由来にあたる。
 また松戸は江戸時代、水戸街道沿いの宿場町であり、かつて多くの人々が立ち寄った。地元の邸宅には、過去に訪れた文人画人が宿泊料代わりに残した作品が今も残る。その歴史と伝統を踏まえ「一宿一芸」をコンセプトに国内外のアーティストの短期から長期にわたる滞在制作を支援してきた。これまでに300組以上のアーティストやキュレーター、リサーチャー等が滞在した。

 大きな特徴として、アーティストから滞在費は徴収せず、かつ滞在中に作品を完成させる必要がないということがある。リサーチや実験を歓迎し、むしろ滞在がスタートしてからプランが街によって変化をすることを期待している。一宿一芸に当たる一芸は、滞在から得た経験や発見を何らかの方法で共有したり、新たな実験として街中でパフォーマンスをしたりなど、アーティストによって様々だ。松戸で生活をしながら日々変化していく思考と経験を受け入れる余白を大事にしている。そのような柔軟性を持った受け入れ体制は、それぞれ異なる専門分野を持つメンバーたちによって構成されたコレクティブチームであるがゆえに可能となる。
 PARADISE AIRが目指すのはアーティストと日本の文化芸術の新しいトランジットポイントになることだ。しかし達成するゴールとして新しいトランジットポイントがあるというよりも、すでに様々なトランジットポイントがPARADISE AIRでは生まれては消え、を繰り返していると考える。本稿では、2017年からPARADISE AIRに出入りするようになっていった筆者が目撃したトランジットポイントを考察していくことで、その特徴を浮き彫りにすることを試みる。

オレンジ色の窓の建物の4-5階にPARADISE AIRが位置する。

場所としてのトランジットポイント

 
到着地点ではなく、まだこれから先の道筋・行き先があることを示すトランジットポイント(=経由地)。地理的な条件からなるトランジットポイントもあれば、アーティストや周りの人たちとの関わり方からも読み解くことができる。

<松戸>

・成田空港と東京の中間地点

・かつての宿場町
 東京のベッドタウンとして松戸が機能している面もあるが、実際には小さな商店が残っていたり、松戸が市政に移り変わる前よりも長く松戸にいる住人もいたりすることから、町としてのアイデンティティが強い側面もある。すぐ近くには江戸川が流れ自然豊かな景色が広がる。地域住民たちの大らかで寛容な性格にPARADISE AIRは支えられている。

<PARADISE AIR>

・滞在中に作品を完成する必要はない

・リサーチや実験でも構わない
 滞在スペースの特徴としては、生活スペース(自身の寝泊まりする部屋)と作業場が一緒になっていることがあげられる。生活スペースの2倍分の広さをもつラウンジでは、同フロアに入居しスタジオを構える地元のクリエイターやアーティストと共同で利用できる。また共有するスペースがあることから、同時期に滞在するアーティストたちとの交流が生まれ、作業場を共にするハードルが低くなっている。
 ラウンジよりも広い場所が必要となる場合は外の公共空間を用いる。ギャラリースペースを持たないPARADISE AIRでは発表や実験の場は松戸の街中へと広がるのだ。閉じられたプライベート空間もあれば、他のアーティストやクリエイターたち、街中で松戸の住民たちと交わることもでき、レジデンスの建物の内と外の繋がりに伸縮性があるのも特徴の一つである。

滞在制作の個人の部屋。使い方はアーティストによって様々となる。

写真に写っているのは2016年のロングステイを行ったアーティストのプリン・パニチュパン。

トランジットポイントにおけるコミュニケーション

 
滞在するアーティストは国籍や年齢、キャリアやプロフェッションも様々だ。部屋の中に一人でいる時間が多い人もいれば、どんどん外に出てスタッフが知らなかったことを発見する人もいる。どちらがベターな滞在制作方法だというような判断はなく、むしろ正解がない。週に一回のアーティストミーティングでは、どんなことをやってみたいか、どんな一週間を過ごしたか、何か困っていることはないかをベースに聞きつつ、アーティストの興味関心に引っかかりそうなことを共に探していく。このアーティストミーティングでは判断をして進行していくこともあれば、単に話をして終わることもある。作品が完成することがゴールなのではなく、プロセスを楽しむことを重視する。共有している時間はそれぞれの人生の途中であることから生まれる寛容性と想像力が、トランジットポイントとしてのPARADISE AIRで発生するコミュニケーションには内包される。


トランジットポイントを記録すること

 
アーティストたちは帰っていく。壁画のように街に残される作品もあれば、作品が残らないこともある。基本的なドキュメンテーションの一つとしてポートレート撮影がある。滞在した時に見つけたお気に入りの場所や滞在した部屋で撮影を行う。アーティストたちが確かに「いた」痕跡はそのポートレートから感じることも出来るし、街中で偶然居合わせた人たちと共有した時間が各々の記憶の中に思い出として残っていく。

2018年にショートステイを行ったアーティスト、​​ヤリ・アリソンのポートレート写真。

トランジットポイントを語るということ

 
PARADIISE AIRに通い始めた2017年を振り返ると、あの時は数回しか行ったことがなくても松戸は楽しいところ、という印象がすぐにわたしの中で芽生えた。美味しいご飯屋さんはここ、安く飲むなら地下のあそこ、江戸川は最高!などというように松戸の楽しいスポットと、そこで出くわした自由奔放な人たちとの出会いを友人たちに多く語っていた。それは筆者が一人だけで松戸に出かけただけでは出来ない体験で、そこにアーティストたちがいることで出くわす体験だ。自由で、奇想天外な真面目なカオス。


トランジットポイントにおけるパーティー

 
最後に筆者の専門分野のパーティーの視点から述べたいと思う。ここでは本当によくパーティーをする(コロナ以前)。例えばトークイベント後のパーティーには様々な人がいる。議論を続ける人、ご飯を食べる人、お酒を飲む人、みんなのご飯が行き渡っているか気にかける人、片付けをする人、カラオケで盛り上がる人、踊る人、なんだかよくわからないけれどもそこにいる人。PARADISE AIRで起きていることを知っている・納得している人もいれば、ナゾに感じている人もいる。それぞれの認知の濃度が様々であれ、一緒にいることができるのだ。そして誰かの言葉が出てくる時にそれを受け取る人もなぜかちゃんといる。トランジットポイントであるからこそ、興味関心や気にすることもバラバラな人たちが集い、相互依存が軽やかに行われるパーティーがPARADISE AIRの日常をひらく。強くあろうとする人、自由であろうとする人、楽しもうとする人、よくわからない人。もし「こうであるべき」という眼差しを自身の内に感じたとしても、それぞれの過ごし方を楽しむPARADISE AIRにいる人たちから出される安心した雰囲気がその眼差しをかき消す。

2018年のロングステイのアリシア・ロガルスカとジュピター・ブラウンが滞在していた時のパーティーの様子。

 本稿を通じ、異なる他者との遭遇の場であるトランジットポイントが生まれては消えていくことが日常であるPARADISE AIRの雰囲気を少しでも伝えられたら幸いである。読んでくれたあなたのトランジットポイントと交差する日にお会いしましょう。アーティストもそうでない人も、それぞれ個人が自由な発想を持ち続け、共有し合える場を未来に想像することで得られる勇気を糧に次のトランジットポイントへ出かける。迷子になったら自由への飛躍をアーティストたちから学ぶことを思い出して



写真:加藤甫、川島彩水

PARADISE AIR website

https://www.paradiseair.info/